大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)475号 判決 1988年11月15日
原告
平井喜藏
被告
田中國代
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金四六一万三〇一六円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 交通事故の発生
次のとおりの交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
(一) 日時 昭和五八年一二月七日午後六時三〇分頃(天候晴)
(二) 場所 大阪市大淀区大淀南一丁目九番地先府道大阪伊丹線交差点路上(アスフアルト舗装)
(三) 加害車 被告運転の普通乗用自動車(大阪五二む二九七六号)
(四) 被害車 原告運転の普通乗用自動車(大阪五五か五〇二三号)
(五) 態様 加害車が右交差点に北から南へ進入した際、同交差点中央付近で南から東へ右折しようと右折の合図を出して停止していた被害車の右前部に、加害車の右前部が衝突した。
2 責任原因(民法七〇九条の不法行為責任)
被告は、加害車を運転中、前方で右折の合図をして停止中の被害車を認めたのであるから、前方左右及び被害車の動向を注視し、進路の安全を確認しながら進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、時速五〇キロメートルの高速度で進行し、かつ前方を注視せず、助手席の子供を左手で抱くようにして、右手でハンドルを握る片手運転をし、加害車を蛇行させた過失により、本件事故を発生させた。
3 損害
原告は、本件事故により、次のとおり受傷して治療を受け後遺障害が残つたため、以下に述べるとおりの損害を被つた。
(一) 原告の受傷等
(1) 受傷
頚椎挫傷、右肋骨肋間筋損傷
(2) 治療経過
<1> 昭和五八年一二月七日から昭和五九年一月六日まで河内総合病院に通院(実日数一四日)
<2> 昭和五九年一月六日から昭和六〇年二月八日まで石切生喜病院に通院(実日数一六七日)
<3> 昭和五九年一月九日から同年三月一日まで右病院に入院(五二日間)
(3) 後遺障害
<1> 第五、六頚椎の著明な変形、第四、五頚椎間の前方亜脱臼、頚部後屈不全著明、頚部運動障害、頚部後屈時痛著明等
<2> 昭和六〇年二月八日右症状固定
<3> 自賠法施行令二条別表の後遺障害等級表一二級一二号該当(自賠責保険において認定ずみ)
(二) 治療関係費
(1) 治療費等 四万九〇〇〇円
(2) 入院雑費 五万八三〇〇円
入院中一日一一〇〇円の割合による五三日分
(3) 通院交通費 五万〇一〇〇円
通院中一日バス代片道一五〇円の割合による一六七日分
(三) 逸失利益
(1) 休業損害 一八八万一七四二円
原告は、本件事故当時北港タクシー株式会社にタクシー運転手として勤務し、一か月平均二八万一二〇七円の収入を得ていたが、本件事故により、昭和五八年一二月八日から同年四月一一日までの一二五日間休業を余儀なくされた上、同月一二日から昭和六〇年二月八日までの三〇三日間二五%の減収となつたから、その間合計一八八万一七四二円の収入を失つた。
(計算式)
281,207÷30×125=1,171,695(一円未満切捨て、以下同じ)
281,207÷30×0.25×303=710,047
(2) 後遺障害による逸失利益 一六八万三八七四円
原告は、前記後遺障害のため、その症状固定時から四年間、その労働能力を一四%喪失したものであるから、年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して、原告の後遺障害による逸失利益の現価を算定すると一六八万三八七四円となる。
(計算式)
281,207×12×0.14×3.5643=1,683,874
(四) 慰藉料
(1) 入通院分 一七〇万円
(2) 後遺障害分 一八八万円
(五) 弁護士費用 六〇万円
(六) 損害額合計 七九〇万三〇一六円
4 損害の填補
原告は、本件事故による損害につき、自賠責保険金として三二九万円の支払を受けた。
5 本訴請求
よつて請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は本訴状送達の日の翌日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による。)を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の(一)ないし(四)は認めるが、(五)は否認する。
本件事故は、加害車が直進中の車線内に、被害車が急に右折進入したため発生したものである。
2 同2は否認する。
3 同3の内、(一)の(1)及び(3)は知らない。その余は否認する。但し、原告が自賠責保険において一二級一二号の後遺障害の認定を受けたことは認める。
原告には入院の必要性はなく、その休業期間もせいぜい三ないし六か月程度である。後遺障害については、原告には加齢による頚椎の変形及び亜脱臼があるから、非該当もしくはせいぜい一四級一〇号と認定されるべきである。
4 同4は認める
三 抗弁
1 過失相殺
仮に被告に過失があるとしても、本件事故の発生については原告にも加害車の進行車線内に急に右折進入した過失があるから、原告の損害賠償額の算定にあたつては過失相殺により少なくとも七割以上減額されるべきである。
2 損害の填補
本件事故による損害については、原告が自認している分以外に、労災保険給付として、河内総合病院における治療費一五五万一四二八円及び後遺障害調整金二〇万九九二八円の各支払がなされている。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1は否認する。
2 同2は知らない。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 交通事故の発生
請求原因1の(一)ないし(四)の事実は、当事者間に争いがなく、同(五)の事故の態様については後記二で認定するとおりである。
二 責任原因
1 成立に争いのない乙第一号証の一ないし五、第二号証の一ないし四、第三号証、並びに原告及び被告の各本人尋問の結果(後記の採用しない部分を除く)によれば、次のとおりの事実が認められ、原告本人尋問の結果中の右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして採用しえず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
(一) 本件事故は、南北に通じる道路(以下「南北道路」という。)とこれに東方向から交わる道路(以下「東方道路」という。)及び西南西方向から交わる道路(以下「西方道路」という。)とが交差する通称「大淀南一丁目交差点」(以下「本件交差点」という。)の中で発生したものであること
(二) 南北道路は片側三車線であり、その中央には植え込みのある中央分離帯が設置され、その両側には歩道が設けられている幹線道路であるが、最高速度は時速四〇キロメートルに規制されており、一方、東方道路及び西方道路はいずれも片側一車線の道路であること
(三) 原告は、被害車を運転して南北道路の北行の一番中央分離帯寄りの車線(以下、歩道側から数えて「北行第三車線」といい、他の北行及び南行各車線についても同様にいう。)を北進し、本件交差点を南から東へ右折するためその手前で右折の合図を出し、対面信号が黄色の時右交差点に入り右折しようとしたが、対向する南行車線の対面信号が時差信号のため青色であり、北から南へ直進する車両があったため、右交差点内の中心より南側の北行第三車線と南行第三車線との中間の位置に前部を少し東に向けて一時停止したこと
(四) 被告は、生後二か月の子供を助手席に、三歳の子供を後部席にそれぞれ同乗させて加害車を運転していたが、助手席の子供がむずがつていたためこれを片手であやしながら、片手だけでハンドルを操作して進行し、南北道路の南行車線のいずれかを時速五〇キロメートル前後で南進して、対面信号が青色の時本件交差点を直進しようとしたこと
(五) 本件事故の際、被害車の右前部と加害車の右前部とが衝突したが、被害車は衝突後その場を動かなかつたのに対し、加害車は更に約一五・六メートル南方向に進行して、本件交差点より南側の南行第二車線上に前部を少し東に向けて停止したこと
(六) 本件事故により、被害車は右ヘツドランプ及び左右ターンシグナルパーキングランプが破損し、加害車は右ヘツドランプ、右ターンシグナルパーキングランプ、右フエンダー及び右ドアーが破損したこと
2 ところで前掲各証拠によれば、原告は、本件交差点内に被害車を停止させて対向車両を見た時、その前方約二七メートルの地点に南行第一車線と同第二車線との間の区分線をまたいで走行する加害車を認め、その後南側信号を見て再び前を見たところ、被害車が南行第三車線を斜めに横切って正面から衝突してきたと主張し、他方において、被告は、加害車を運転して南行第三車線を走行中、約二七・八メートル前方に右交差点内で停止している被害車を認めたが、そのまま直進したところ、約一八メートル進んだ地点で約八・五メートル前方に、右の停止していた地点から約一・六メートル右折進行して右車線内に入つてきた被害車を発見し、急ブレーキをかけるとともに左にハンドルを切つたものの間に合わず、被害車からみてその左前方から斜めに衝突したと主張していることが認められる。
要するに、被害車が一時停止後本件事故発生の直前に右折進行して南行第三車線内に進入してきたか否かという点、及び加害車が南行第三車線を直進してきたか、それとも南行第一車線と同第二車線との間の区分線上から斜めに走行してきたかという点が争点であるので、これにつき検討するに、原告本人尋問の結果により真正な成立が認められる甲第四号証の矢崎総業株式会社沼津センター自動車機器事業部による本件事故当時被害車に設置されていたタコグラフチヤート紙(以下「本件チヤート紙」という。)の解読報告書によれば、被害車は本件事故前に時速六六キロメートルまで達した後減速状態になり、二一秒間に約一九三メートル走行して時速〇キロメートルに至り、事故による異常振動を記録しているため、停車直後に事故が発生したものと推定されるが、停車から事故までの時間については判明しない旨解読されていることが認められ、これによれば、原告主張のとおり被害車は本件交差点内に一時停止した後動いていないと考えることも可能である。
しかしながら、弁論の全趣旨により真正な成立が認められる甲第三二号証の法科学調査研究協会所属の鑑定人佐々木恵による本件チャート紙に対するより厳密な鑑定書によれば、右チャート紙上、被害車が穏やかな減速状態で停止し、その停止頃に衝撃が発生したとみなすことができるが、速度記録の〇点付近の記録が異常振動記録によって損壊されているから、停止時点と振動記録発生時点間の時間を解読できず、しかも事故直前の最高速度である時速約六六キロメートルから〇に至る間には低速域で速度に変化があり、その間減速だけであるとは必ずしもいえないこと、右チヤート紙は、記録線の直線性が悪く、しかも速度記録の〇点位置が一定でないため、良好な記録とはいえないこと、右記録線の太さには約三〇秒の幅があるため、厳密には速度が〇点に到達前後の極く短時間のことを明確にはいえないことが認められるから、右チヤート紙上の記録によつて、被害車が一時停止した後本件事故直前に約一・六メートル程度の極く短い距離を動いたかどうかを判定することは不可能というほかないと考えられる。
そこで、その他の証拠について検討するに、京都大学工学部教授である鑑定人佐佐木綱による鑑定の結果によれば、衝突後の被害車及び加害車の移動状況から力学的にみて、本件事故は被害車の前部右端付近に加害車の前部右端が五〇ないし六〇度位の角度で衝突したものであること、従つて前記の原告主張のような衝突状況ではないと思われることが認められる上、前掲乙第二号証の一ないし四によれば、本件交差点の南東側の歩道上で本件事故を目撃していた高鍋雄二が、被害車が加害車との衝突後に停止していた位置は、被告主張のとおり南行第三車線に入った地点である旨実況見分の際説明していることが認められるから、これらの事実によれば、本件事故は前記の被告主張のような状況で発生したと認定するのが相当であると考えられ、前掲乙第一号証の一ないし五、第二号証の一ないし四、並びに原告本人尋問の結果中の右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして採用し得ず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
3 以上において認定した事実によれば、被告においては、本件交差点を直進しようとした際、前方に右折のため停止中の被害車を認めたのであるから、制限速度を守って走行するのはもとより、被害車の動向等進路上の交通の安全を確認しながら進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、制限速度を約一〇キロメートル超過する速度で走行した上、被害車の動向に十分な注意をしなかつた過失により、本件事故を発生させたものというべきであるから、被告は民法七〇九条の不法行為責任に基づき、本件事故によつて生じた原告の損害を賠償する責任がある。
三 過失相殺
前記二で認定した事実によれば、本件事故の発生については、原告においても、本件交差点を右折しようとしていたのであるから、対向する南行車両の有無等の進路上の交通の安全を確認しながら進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、南行第三車線を進行する加害車の進路上に漫然と右折進行した過失が認められるところ、前記認定の被告の過失の態様等諸般の事情を考慮すると、過失相殺として原告の損害額から少なくともその六割を減ずるのが相当であると考えられる。
そうすると、仮に損害に関する原告の主張が全部認められるとしても、弁護士費用を除くその損害の合計額である七三〇万三〇一六円からその六割を差し引くと、原告が被告に対し請求し得る損害額は二九二万一二〇六円となり、当事者間に争いがない自賠責保険金三二九万円の支払により既に全額填補ずみであることが明らかである。
四 結論
以上の次第で、その余の点につき判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がなく失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主分のとおり判決する。
(裁判官 細井正弘)